筆者の話です。
父の葬式で、悲しむ間もなく「連絡の順番」に追われることになりました。
田舎ならではの気遣いが、思わぬ形で心を削っていきます。
画像: 父の死、悲しみよりも先に「誰に、どの順番で知らせるか」田舎ならではの『気遣い』で心がすり減ったワケ

連絡の判断

「誰に、どの順番で知らせるか」
父が亡くなったと聞いたとき、最初に頭をよぎったのは、その判断でした。
親戚が多く、昔からのつながりが濃い土地です。
連絡の順番ひとつで「配慮が足りない」「軽く扱われた」と受け取られてしまうことがある。
それを、これまで何度も見聞きしてきました。

悲しむ前に、名簿を思い浮かべ、頭の中で順番を組み立てていきます。
気持ちより先に、社会的な正解としての判断が求められていました。

気遣い疲れ

電話をかけるたび、声の調子や言葉選びに神経を使います。
落ち着いて伝えようと意識しながらも、相手の反応に気持ちが揺れました。「もう知ってるよ」と言われると、胸の奥がざわつきます。
「まだ聞いてない」と返されれば、遅れたのではないかと焦りが生まれる。
そのたびに、自分の判断を頭の中で繰り返し確認していました。
悲しさよりも先に、配慮と判断が積み重なっていきます。
気づけば、深く息を吐く余裕もなくなっていました。
本来、最も悲しむべきはずの遺族が、最も気を遣わなければならないという矛盾の中にいました。

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