
帰省のたびに
「また病院へ連れて行けって言われたの」
義母と玄関別の二世帯住宅で暮らしている私は、義妹が実家へ帰ってくるたびに、そんな愚痴を聞く機会がありました。
義妹は月に何度か実家へ顔を出し、そのたびに自分の姑との出来事を話します。
「嫁がやるのが当然みたいな言い方をされるの」
「急に頼まれても困るのに」
すると義母は、少し驚いた表情でこう返すのです。
「そんなの考えられないわ」
「自分でできることは自分でやればいいのに」
私は黙ってお茶を飲みながら、そのやり取りを聞いていました。
重なる違和感
義母の言葉を聞くたび「その話は私にも当てはまるのでは」と思わずにはいられませんでした。
なぜなら、義妹が姑からされたと話す内容は、普段私が義母から頼まれたり言われたりしていることと、大きく変わらなかったからです。
病院への付き添いを頼まれることもあります。
「今日お願いできる?」と急に買い物を頼まれることもありました。
「嫁だから当然」と言葉にされたことはありません。
それでも義母から頼み事をされるたび「頼めばやってくれる」「お願いしても大丈夫」という空気を感じていました。
けれど、義妹が話すたびに、義母は「それはひどいわね」と何度も義妹に同調していたのです。
飲み込んだ言葉
何度か「それ、私も同じです」と口にしそうになったことがあります。
けれど、そのたびに言葉を飲み込みました。
同居では、一度こじれた関係を元に戻すのは簡単ではありません。
毎日顔を合わせる相手だからこそ、その場の勢いで言い返しても、お互いに気まずさが残るだけだと思ったのです。
義妹の話には何度もうなずく義母。
それでも、自分が私に対して似たような接し方をしていることには気づいていない様子でした。
その姿を見た私は、思わず苦笑いしてしまいました。
体験者の声
それからも私は反論せず二人の話を聞いています。
もちろん、納得できない気持ちがなくなったわけではありません。
それでも、義母を見ているうちに、人は自分がされることには敏感でも、自分がしていることには案外気づきにくいのかもしれないと思うようになりました。
だからこそ、もし私が誰かに何かを頼む立場になった時は「相手はどう感じるだろう」と一度立ち止まって考えられる人でいたいと思うようになりました。
【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2026年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


