その日、小さなお客様が筆者に教えてくれたのは、大人になるほど難しくなることでした──。
画像: 涙目の小学生男子「謝りたいことが」親御さんと一緒に店内へ → 手に握られていた『物』

涙目の男の子が握りしめていたもの

ある日、私が働いていた喫茶店に、小学校低学年くらいの男の子がお母さんと一緒に入ってきました。男の子は涙目でうつむきながら、小さな声で話しかけてきました。手には、スティックシュガーが8本握られていました。

「昨日、このお店のテーブルにあった砂糖を持って帰ってしまいました」

震える声でそう言うと、ペコリと頭を下げ、「ごめんなさい」と泣きながら砂糖を差し出しました。甘いものが食べたくて持ち帰ったものの、お母さんに見つかり、一緒に謝りに来たとのことでした。続けて、お母さんも頭を下げて言いました。「本当に申し訳ありません」

「正直に話してくれてありがとう」

私は男の子に言いました。
「お店の物はお客様みんなのために置いてあるものだからね」

そしてこう続けました。
「正直に話してくれてありがとう。謝りに来るの、すごく勇気がいったよね」
涙でいっぱいだった男の子も、安心したような表情を見せてくれました。

大人になるほど、難しくなること

親子を見送ったあと、私はしばらく考えていました。
「ごめんなさい」の一言は、本来こんなにもシンプルなはずなのに、大人になるほど素直に言えなくなっていく気がします。仕事でミスを認めるとき、家で子どもに謝るとき、つい言い訳が先に出てしまう自分がいることに気づかされました。

筆者の見解

あの日、私の心に残ったのは、勇気を振り絞って「ごめんなさい」と伝えてくれた、あの男の子のまっすぐな姿。そして、「謝る勇気」を教えてもらったのは、私のほうだったのかもしれません。

【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年6月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:森奈津子
海外生活や離婚、社会人での大学再入学など、多彩な経歴を持つライター。現在は幼稚園教諭として保護者の悩みに寄り添うほか、日々の人付き合いの中から生まれるリアルな本音に耳を傾け、多様な価値観に触れてきた独自の視点でそれらを記事にしている。

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