
余裕の夏休み終盤
私の子どもが小学生の頃のことです。8月も終わりに近づいたある日、ドリルや絵日記、大物の自由研究まで、課されていた夏休みの宿題がようやく全て終わりました。
「これで心置きなく新学期を迎えられるね!」と親子ともに肩の荷が下り、残りの数日間はすっかり安心してのんびりと過ごしていました。
始業式前夜のプリント確認
平和な気分のまま迎えた、始業式の前夜。翌日の荷物の準備を手伝いながら、提出物に漏れがないか、学校から配られていた「夏休みのしおり」のプリントを念のため読み返していました。
宿題リストに1つずつチェックをつけていき、「うん、全部入れたし完璧!」とプリントをしまおうとしたその時です。ページの一番下に小さく書かれた一文が目に飛び込んできて、私は一瞬で顔面蒼白になりました。
見落としていた恐ろしい「一文」
そこには、「ドリルは全て赤ペンで自己採点し、間違えた箇所は直して提出すること」とはっきりと記載されていたのです。
夏休みの初め、子どもが答えを丸写ししないようにと、ドリルの解答冊子は私が抜き取って別の場所に隠していました。すっかり安心して、丸付けのことなど頭からスッポリと抜け落ちていたのです。
深夜の赤ペン先生
時計を見ると、すでに夜の9時。「嘘でしょ!?」と叫びながら慌てて解答用紙を引っ張り出し、ものすごいスピードで丸付けを開始しました。
数十ページにも及ぶ漢字と計算ドリルの山。丸をつけるだけでも大変ですが、間違えている問題が見つかるたびに、眠りかけている子どもを叩き起こしてその場で直させるという地獄の作業が続きました。
結局、すべての丸付けと修正作業が終わったのは日付が変わる頃。翌朝、寝不足の目をこすりながら登校する子どもを申し訳ない気持ちで見送りました。
筆者の見解
プリントを隅々まで読んでいなかった親の確認不足とはいえ、夏休みの宿題は「全ページ終わらせるだけ」ではなく、「採点して間違えた部分を直すまでがセット」なのだと身をもって痛感した、ほろ苦い夏の終わりの失敗談です。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藤野ゆうこ
2度の離婚を経て、シングルマザーとして介護職の管理者を務める現役会社員。現場で触れてきた数多くの家族の人生模様や、自身の波乱万丈な実体験をベースに、読者が同じ苦労をしないための教訓を込めたコラムを執筆。現在は介護現場や周囲への取材を通じ、嫁姑・夫婦関係・ママ友など、複雑な人間関係のトラブル解決に繋がる情報を発信中。

