
愚痴れない私は、おかしいのか
職場の休憩室では、数人が集まると決まって同じ空気が流れます。
「うちの旦那、ゴミ出しを頼んでも袋を替えないんだよね」
「子どもが熱出しても自分には関係ないって顔してる」
「休日は一日中ゲームして、話しかけても返事もしない」
笑いながら話しているけれど、その奥に疲労と諦めが滲んでいる。B子はいつも相槌を打ちながら、自分だけ黙っていました。
自分の夫の話を、どうしても切り出せなかったのです。
言えなかった理由
B子の夫は、こんな人。
B子が残業で帰りが遅い日は、夕飯を作って待っています。
子どもの学校行事には有給を取って参加し、担任の名前も友達の名前も把握している。
B子が体調を崩した週末には、何も言わずに子どもを連れて外出し、夕方には夕飯まで用意して帰ってきました。
しかも本人に自覚がない。
「これって普通じゃないの?」と、きょとんとした顔で言うのです。
でも愚痴が盛り上がる場で「うちの夫は家事も育児もやってくれて」とは、とても言えませんでした。自慢しているみたいで、場が白けそうで。結果、B子はいつも曖昧に笑ってやり過ごしてきました。
思い切って、口にしてみた
ある日、同僚のひとりがB子に直接聞いてきました。
「そういえばあんまり聞いたことないけど、B子さんのところは? 旦那さん、どんな感じ?」
一瞬迷って、B子は口を開きました。
「えっと……うちの夫は……」
休憩室が、シーンとしました。
「え、どういうこと」
「それ普通じゃないよ」
「うちの旦那と交換したい」
「羨ましすぎる、それ」
笑いと驚きが混ざった声が一気に返ってきて、B子は少し面食らいました。
ずっと言い出せなかったのに、言ってみたら全員に羨ましがられた。それ程までに当たり前ではなかったのだと、そのとき初めて実感したそうです。
「?」の一文字で、十分だった
帰り道、B子はスマホを取り出して夫にLINEを送りました。
「今日、職場であなたの話をしたら全員に羨ましがられた。いつもありがとう」
しばらくして返ってきたのは、「?」の一文字だけ。
何が? という意味なのか、照れているのか、本当に意味がわからないのか。どれかはわからないけれど、B子はそのやりとりにくすっと笑いました。
体験者の声
特別なことをしているつもりが一切ない。だからこそ、続いているのかもしれない。「こんな夫でよかった」という気持ちを、今日もひとりで静かに噛みしめています。
【体験者:30代・女性・会社員、回答時期:2026年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。

