
「あなたがいると、場が冷めるんだよね」
Bさんは仕事の手際が良く、社内での発言力も強いタイプ。一方で、気に入らない相手を言葉の端々でジワジワ追い詰める癖がありました。
そして、その標的にされたのが私でした。
「今の発言で、一気に空気が止まりましたよね?」
「正直、A子さんがいるとやりづらいっていうか……」
会議で私が意見を出したり、業務の進捗を報告したりするたび、Bさんは大きな溜め息とともにそう言い放ちます。
周りの同僚たちも、Bさんの顔色を窺ってか「あはは……」と気まずそうに曖昧な苦笑いを浮かべるだけ。
曖昧な「空気」という言葉に支配されていく
(私が何か余計なことを言ったのかな……)
(私って、そんなに嫌な言い方をしてるのかな……)
しかし不思議なことに、具体的に何が問題なのかは一度も説明されませんでした。
どの発言の、どの部分が、どう問題なのか。そこは曖昧なままです。
ただ「空気が悪い」「場を乱している」という印象だけを植え付けられていく日々。
次第に私は発言するのが怖くなり、会議の前になると胃がキリキリ痛むようになっていきました。
会議で投げかけられた一言と上司の介入
転機となったのは、部署全体で集まる重要な進捗会議の日でした。
私は緊張で汗ばむ手を握りしめながら、資料をもとにプレゼンを進めていました。すると、説明の途中でBさんが意地悪く鼻で笑い、言葉を遮ってきたのです。
「ほら、また空気が止まった。A子さんのその言い方、みんな困ってるんですよ?」
「こういう雰囲気にされると、話が進まないんですよね」
会議室に、気まずい沈黙が流れました。私は「すみません……」と頭を下げそうになりました。
その時です。
着席していた上司が、静かにペンを置き、ゆっくりと手を挙げました。
曖昧な言葉が成立しなくなった瞬間
「すみません、一点確認させてください」
全員の視線が上司に集まります。
上司はBさんに向かって、はっきりとこう尋ねました。
「今『空気が止まった』とおっしゃいましたが、具体的にどの発言の、どの部分で雰囲気が壊れたのか、教えていただけますか?」
Bさんは一瞬、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしました。
「いや……全体的な雰囲気というか……なんとなくピリッとしたというか……」
慌てて取り繕おうとするBさんに、上司は落ち着いたまま続けました。
「業務の改善や指導につなげたいので、感覚ではなく具体的に教えてください。A子さんの発言のどこが不適切だったのでしょうか?」
「……」
その一言で、会議室の空気が一気に変わりました。
根拠がないことが一目瞭然となり、気まずそうに視線を泳がせるBさん。
周囲の同僚たちも、「あ、そういうことだったんだ」と悟ったような表情に変わっていきました。
その後、会議は何事もなかったかのようにスムーズに進行。
その日を境に、Bさんが私に対して「空気が悪くなる」などと口にすることは二度となくなりました。
体験者の声
自分が悪かったわけじゃなかった──。そう気づいた瞬間、ずっと胸を押し潰していた重りがスーッと軽くなっていくのを感じました。
そしてその日から私は、仕事に向き合う上で一つの軸を持つようになりました。
それは、「具体的に説明できない言葉は、そのまま自分の評価として受け取らない」ということです。
誰かの印象ではなく、事実と根拠。
それさえあれば、人間関係の中で必要以上に傷つくことはないのだと気づいた出来事でした。
【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:池田みのり
SNS運用代行の職を通じて、常にユーザー目線で物事を考える傍ら、子育て世代に役立つ情報の少なさを痛感。育児と仕事に奮闘するママたちに参考になる情報を発信すべく、自らの経験で得たリアルな悲喜こもごもを伝えたいとライター業をスタート。

