
毎日のように繰り返す忘れ物
小学校に入った頃の息子は、とにかく忘れ物が多い子でした。
教科書に給食袋、宿題、提出物……いつも何かしら忘れてしまうのです。
「今日は大丈夫ね?」と確認する私に、「うん、大丈夫!」と元気よく答えて登校する息子を見送った後、リビングに放置された忘れ物を発見することもしばしば。
「忘れたらきっと困るだろう」と、仕事の前に慌てて学校に駆け込んで届け、帰宅後は「どうしてまた忘れたの!」と叱る毎日でした。
息子のためと思ってやっていましたが、正直なところ私自身も疲れ切っていました。
しかも、忘れ物は減るどころか、息子は私に頼ることに慣れ、自分では全く工夫しようとしなくなっていたのです。
ふと立ち止まった朝
ある朝、また忘れ物を見つけ、「もう、また!」とイライラしながら届けようと家を出て、ふと足が止まりました。
もし今回も私が助けたら、息子はそこから何を学ぶのだろう?
困るのは息子なのに、その責任まで私が引き受けているのでは?
悩んだ末、私はその日から忘れ物を発見しても一切届けないと決めました。
自分で立ち上がる力を
学校から帰った息子は、案の定「先生に注意された……」と泣きべそ。
私はそこでも怒らず、「それは悔しかったね。じゃあ、次はどうすれば忘れないか考えてごらん」とだけ返しました。
最初は「そんなの分かんないよ!」「ママが届けてくれたらよかったのに」と拗ねていた息子でしたが、同じやりとりを何度も続けるうちに変化が見られるようになりました。
自分なりに持ち物をメモしたり、前日に余裕を持って準備したりと、工夫を始めたのです。
それでも忘れてしまった時には、先生に正直に話して謝り、どうしたらいいか聞くことも覚えたようです。
手放して見えたこと
いつしか忘れ物は激減していました。
私は「失敗させないこと」ばかり考えていましたが、それよりも大切なのは「忘れた時にどうするか」という解決力や、周囲に助けを求められるようになることだったのだと思います。
親の役割は先回りして道を整えることではなく、転んだ時に立ち上がる力を信じることなのだと教えられた出来事でした。
【体験者:30代・女性パート勤務、回答時期:2026年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


