筆者の話です。
父が亡くなった後、母の通院などに使う車を購入することになりました。けれど、車選びが始まると──。

決まる話

ところが、実際に車選びが始まると様子が違いました。
私が気になる車を見つけても「こっちの方が性能がいい」「それよりこっちがいい」という流れになり、話は弟中心で進んでいきました。
最終的に購入した車も、私が気に入っていた車ではありませんでした。

さらに名義は弟。
実際に運転するのは私で、保険の支払いや手続き、日常の管理も私が担当します。
私が運転する車なのに、肝心の車種や名義は私抜きで決まっていきました。

欲しかった言葉

ある日、母の友人が届いた車を見ながら尋ねました。
「娘さんの気に入った車にしたんだよね?」
その瞬間、母は少し気まずそうな表情を浮かべました。
そして「弟の方が車に詳しいと思っていたから」と説明したのです。

「え~どうして」と言ってくれる母の友人の姿を見ながら、運転や通院の付き添いは私に任せるのに、大切な決断は弟に委ねる。
その姿を見ていると、私は信頼されているのではなく、便利な存在として頼られているだけなのかもしれない。
そんな寂しさを感じたのです。

頼ることと信頼すること

今になれば、母なりの考えがあったことは理解できます。
車に詳しい人の意見を参考にしたかっただけなのかもしれません。
でも、私が欲しかったのは車ではありません。
「一番乗るのはあなただから、好きな車を選びなさい」その一言だったのです。

あの出来事を通して感じたのは、頼ることと信頼することは違うということです。
相手を大切に思っていても、その気持ちは言葉にしなければ伝わりません。
親子だから分かるはずと思わず、感謝や信頼はきちんと言葉で伝えることが大切なのだと考えさせられた出来事でした。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年6月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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