
「今日だけ」と言い聞かせて
仕事を休めない日に娘が熱を出すと、私は病児保育に連絡を入れました。
大事なプレゼンがある。外せない会議がある。
そのたびに理由はありました。
預けるたびに「今日だけ」と自分に言い聞かせながら、保育室のドアを後にします。
罪悪感がなかったわけではありません。
でも娘は泣いたり、わめいたりしませんでした。
「ママ、行ってらっしゃい」と言って、私を送り出してくれたのです。
娘は受け入れてくれている。そう思うと、少しだけ気持ちが楽になりました。
聞かなかった、本音
あれから十数年、娘が高校生になったある夜、ふとした会話の流れで私は言いました。「小さいころ、病児保育によく預けてごめんね」と。
娘はしばらく黙ってから、静かに口を開きました。
「うん。熱があるとき、早く迎えに来てほしかったな」
責めるような口調ではありませんでした。
ただ、本音を話してくれただけ。それがかえって、胸に深く刺さりました。
「受け入れてくれていた」のか
泣かなかったのは、強かったからではないかもしれない。
ただ、諦めていただけなのかもしれない——その夜、私はそんなことを考え続けました。
子どもに寄り添う気持ちが足りていたか。
正直に言えば、足りていなかった部分があったと思います。
仕事を頑張ることと、子どもと向き合うことは、どちらかを諦めなければいけないわけではなかったはずです。
でも当時は、そんなふうには考えられませんでした。
取り返せないけれど、向き合える
あの日から、娘とは以前よりたくさん話すようになりました。
取り返せないものはあります。
それでも、気づいたそのときから向き合うことはできるはず。
娘の一言は、私にとってそっと背中を押してくれるものになりました。
【体験者:40代・女性・会社員、回答時期:2026年3月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:K.Matsubara
15年間、保育士として200組以上の親子と向き合ってきた経験を持つ専業主婦ライター。日々の連絡帳やお便りを通して培った、情景が浮かぶ文章を得意としている。
子育てや保育の現場で見てきたリアルな声、そして自身や友人知人の経験をもとに、同じように悩んだり感じたりする人々に寄り添う記事を執筆中。ママ友との関係や日々の暮らしに関するテーマも得意。読者に共感と小さなヒントを届けられるよう、心を込めて言葉を紡いでいる。

