人生の終わりについて考えることは、たとえ家族であってもどこか話しづらいものです。でも、勇気を出して向き合ってみると、これまで知らなかった本音に触れるきっかけになることも。今回は、筆者の知人の体験談をお届けします。
画像: 「縁起でもない」でも──しぶしぶ書いた【エンディングノート】で知った、無口な夫の『30年目の本音』

「もしものとき」のために

「パパとママ、エンディングノートって知ってる? もしものときのために、考えておいてほしいな」

と、娘から一冊のノートを渡されたのは半年ほど前のことでした。

私たち夫婦はまだ60代後半。
体も動くし元気なのに、「エンディングノート」だなんて……。
正直、少し早すぎる気がしてなりませんでした。

「死んだあとのことを考えるなんて、縁起でもない」と顔をしかめる夫と私でしたが、娘の熱意と真剣な表情に押され、しぶしぶ重い腰を上げてペンを握ることにしたのです。

予想を裏切る真剣な顔

最初は、私たちがいなくなったあとに残される娘のことを考えて、通帳の置き場所や葬儀形式の希望など事務的な項目を淡々と埋めておけばいいか、程度に考えていました。

どうせ夫は面倒くさがって、いつものように「俺はよく分からないから、こういうのは全部お前に任せるよ」と投げ出すに決まっています。

そう高を括っていた私の予想は、見事に裏切られました。

無口な夫が、ノートの小さな欄を埋めるために、これまでにないほど真剣な顔で背中を丸めて、ペンを走らせていたからです。

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