人生の終わりについて考えることは、たとえ家族であってもどこか話しづらいものです。でも、勇気を出して向き合ってみると、これまで知らなかった本音に触れるきっかけになることも。今回は、筆者の知人の体験談をお届けします。

初めて知った夫の本音

こっそり覗いてみると、ノートには普段の会話では絶対に出てこない夫の願いが詰まっていました。

「もしものときは、延命処置は一切しなくていい。その分のお金で、妻と娘で旅行にでも行ってほしい」
「遺骨の一部は、新婚旅行で妻と行った、あの思い出の海に撒いてほしい」

30年以上連れ添い、夫のことは何でも分かっているつもりでした。
しかし、私は夫の深い愛情や、死に対する静かな覚悟を、何ひとつ知らずに過ごしていたのだと気付かされたのです。

夫婦の時間の答え合わせ

しぶしぶ始めたはずの作業は、いつの間にか、これまでの2人の歩みを答え合わせするような、穏やかで温かい作業になっていました。

もしかすると娘は、こうなることを分かっていたのかもしれません。

人生の終わりについて話し合うことは、決して後ろ向きなことではないのですね。
お互いの価値観を改めて書き出してみることで、残りの日々を今以上に大切に歩いていこうと思えた、貴重な経験でした。

【体験者:60代・女性主婦、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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