筆者の話です。
誕生日の食事中、にぎやかな女子高生の様子に戸惑いを感じていました。
けれど、思いがけない『静かなお祝い』に触れて──。

静かな祝福

やがてケーキが運ばれてきて、私たちが小さな声でお祝いしました。
すると、隣の賑やかさがふっと止まったのです。
私たちのテーブルに気づいた彼女たちは、顔を見合わせると、今度は声を抑えて静かにハッピーバースデーを歌い、指先だけの小さな拍手でお祝いしてくれたのです。

さっきまでのにぎやかさが嘘のように、小さな声で、小さな拍手で、控えめに。
それでも、テーブル越しにまっすぐ気持ちが届いてきました。
その様子に、胸の奥がふっとゆるみます。
さっきまで「うるさい」と感じていた自分の見方が、少し恥ずかしくなりました。

見方の変化

見えている一面だけで判断していたのかもしれません。
にぎやかに見えた時間の中にも、周りに気を配る姿や、さりげない優しさがあったのだと気づきます。

それ以来、人の一部分だけで決めつけるのではなく、少しだけ立ち止まって見ようと思うようになりました。
思い出に残る誕生日とともに、自分の見方を見直すきっかけになった出来事です。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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