今回は、友人Aに聞いた、実家での家事の偏りに気づいた話です。
何気ない姪の一言で、当たり前だと思っていた役割に違和感が生まれました。
その場の空気が変わったあと、家族の関係はどうなったのでしょうか。

気づいた現実

娘に「おもちゃ出して」と呼ばれ、「この洗濯物を干し終わったらね」と返します。
それでもまた呼ばれ、振り返る余裕もないまま作業を続けていました。
そのとき、そばにいた姪がぽつりとつぶやいたのです。

「Aちゃんばっかり洗濯してるね」
誰かを責めるような言い方ではありませんでした。
それでも、その一言でそれまで気づかなかった違いが、一気に目に入ってきました。

気づけば、Aは朝からずっと動き続けていて、ほかの人は座って話をしている。
「実家の居心地の良さ」の裏側に、誰かの過剰な負担が隠れている現実が、はっきりと形になって見えた瞬間でした。

少しの変化

しばらくして、姉が「ごめん、任せきりだったね」と小さくつぶやきました。
それをきっかけに、弟も立ち上がり、自然と手を動かし始めます。

実家に帰ると、どうしても子どもの頃の感覚に戻ってしまうものです。
「言わなくてもわかってほしい」と抱え込んでいた自分の甘えと、「実家だから甘えても大丈夫だろう」という家族の無意識。
どちらも悪意があったわけではないのだと、後になって腑に落ちました。

それ以来、帰省のときにはみんなで声をかけ合いながら動くようになりました。
Aもまた、ひとりで抱え込まず頼ることを意識するようになっています。

少しのきっかけで見えた距離感は、今では心地よいものに変わりました。
姉弟の帰省を以前よりも穏やかな気持ちで迎えられるようになった出来事です。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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