筆者の話です。
父の「寒い」という言葉を、どこか大げさだと思っていました。
けれどある出来事をきっかけに、その意味が変わっていきます。
画像: ftnews.jp
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フリースの父

「寒いんだよ」
暖かくなってきた春先の頃でも、父はフリースを手放しませんでした。
室内でも羽織ったままで、前をしっかり閉じて座っていることもあります。

窓からはやわらかい日差しが差し込み、私は薄手の服で過ごしていました。
そのため「そこまで寒くないのに」と感じる日が続きます。

暑くないのか尋ねても「大丈夫」と短く返されるだけ。
それ以上は言葉が続かず、父はそのままテレビに視線を戻しました。
その様子に、小さな違和感が残ります。

「閉めて」のひと言

外では春の陽気が続き、街を歩く人の服装も軽くなっていました。
私は自然と薄着で過ごすようになり、部屋の窓を開けることも増えていきます。

一方で父は、変わらず同じフリースを羽織ったまま。
窓を開けると「閉めといてくれ」と声がかかることもありました。
温度の感じ方に差があることは理解しているつもりでした。
それでも、そのたびに引っかかるものが残ります。

「外はこんなに暖かいのに……」
温度の感じ方に差があるのは分かっているつもりでしたが、父のこだわりをどこか大げさに感じ、歩み寄れない自分に少しだけイライラしてしまうこともありました。

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