筆者の体験談です。
義実家での食卓、会話に入れず苦笑いを続けていました。
そんな中、思わず口にしたひと言で空気が変わって――。

思わずひと言

ふと、視線がこちらに向いていることに気づきました。
「待ち合わせに遅刻してきたことあったよね」
また同じような話題が続き、笑って聞いていることに少し疲れてきた頃でした。
『え? 私のこと??』そう思った違和感が、そのまま口からこぼれたのです。

「あ、それ、私じゃない人ですね。元カノじゃないですか?」
一瞬、場の空気が止まったように感じましたが、すぐに小さな苦笑いが広がりました。
場をつくろうように、そのまま会話は続いていきます。

しかし、その時私は、不思議なほどスッキリとした気分でした。
間違った思い出を話してしまい、嫁を傷つけてしまったのかもしれない――。
そんなふうに少しだけ私の顔色を伺うようになった義家族の表情を見て「私の言葉が、この場にちゃんと届いたんだ」という手応えを感じたからです。

私は、誰かの思い出の身代わりになる必要なんてないのです。

少しの距離

強く主張したつもりはありません。
ただ、思ったことがそのまま口に出ただけでした。
それでも、自分の存在をほんの少し出せたように感じたのです。

その後も、義家族の会話は続いていきました。

ほんの少しの勇気で口にしたあの一言が、私に「嫁」としてではなく「私自身」として、この家族の中にいていいのだという許可をくれた気がします。

他人の思い出に自分を重ねなくていい。わからない話はわからないまま、自分のペースでそこにいればいい。
そんなふうに思えた出来事です。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年4月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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