誰かに期待されると、つい無理をしてでも応えたくなってしまいますよね。しかし、自分の限界を知り、時にはセーブしたり量を加減したりするのは決して悪いことではありません。今回は、筆者の友人の体験談をお届けします。

絶望の淵で見つめた虚しさ

病院で医師から告げられた診断は「過労」。
ベッドの上で、これまで無理を重ねてきた現実を突きつけられ、私は絶望しました。

しかし数日後、同僚から届いた連絡メールは、目を疑うものでした。
私が命を削るようにして守ろうとしていたプロジェクトは、翌日には代わりの誰かが淡々と進めていました。
世界は何事もなかったかのように、驚くほどスムーズに回っていて、あれほど必死に守ろうとしていたものは、思っていたよりもずっと脆かったのです。

そのとき初めて、「自分を犠牲にしてまで守るべきものだったのだろうか?」という疑問が浮かびました。

「NO」と言う誠実さ

復職後、私は生き方を180度変えました。
それから数年が経ち、母となった今、私はかつての自分とは違うルールで生きています。

まず、何かを頼まれたら一呼吸置き、自分のキャパシティーや今の状況と照らし合わせること。
何でもかんでも引き受けず、無理な依頼には「今はこれ以上受けると質が下がるので」と、理由を添えて断るようにしたのです。

最初は、断るたびに「冷たい人間だと思われるかも」と心臓がバクバクし、嫌な汗をかきました。

でも驚いたことに、毅然と断るようになってからの方が、周りからの信頼はむしろ増したのです。

「NO」と言うことは、相手を拒絶することではありません。
自分にできることの責任を持ち、自分を守るための、誠実な境界線なのです。

完璧をやめた先にあった、穏やかな日常

今は定時にパソコンを閉じ、ゆっくり買い物をして帰る毎日です。
家族との夕飯を味わい、子どもの話に耳を傾けます。

以前は未読メールが気になって食事の味もしませんでしたが、今は目の前の幸せに集中できています。
子どもの笑顔につられて目を細めるたび、「完璧な自分をやめてよかった」としみじみ思う毎日です。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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