小学生になった息子は、祖父母に買ってもらった学習机がお気に入り。毎日机に向かって、習ったばかりのひらがなを一生懸命練習していました。そんなある日、真剣な顔で何かを書いている息子を微笑ましく見ていた母は、思わぬ光景に言葉を失います。子どもの素直さと可愛らしさに、思わず頬がゆるむエピソードです。筆者の体験です。

真剣な顔の先にあったもの

ある日息子は机に向かい、いつになく真剣な顔で何かを書いていました。背筋を伸ばし黙々と手を動かしている様子に、「今日も頑張って勉強しているな」と私はうれしい気持ちで眺めていました。

ところがふと近くで見てみると、何かがおかしいのです。机の真ん中に大きく書かれていたのは、練習中のひらがなではなく、息子自身の名前でした。それも鉛筆ではありません。くっきりと消えそうにない、名前用の油性ペンで堂々としっかり書かれていたのです。

その瞬間、私は思わず固まりました。ノートでもプリントでもなく、よりによって新品の机に油性ペンで大きく名前が書かれているのです。驚きと焦りで、頭の中が一瞬真っ白になりました。

息子のまっすぐな理由

慌てて「どうしてここに名前を書いたの?」と聞くと、息子は少しも悪びれることなく、むしろ得意げな顔をして答えました。

「先生が持ち物に名前を書きましょうって言ってたよ!」

そのひとことを聞いて、叱るべきなのか笑うべきなのか……。なるほど。息子なりに先生の話をしっかり聞いて、きちんと実践した結果だったのです。自分の机も大事な持ち物。その持ち物に名前を書く。理屈としては、たしかに何も間違ってはいません。

息子は「ちゃんとできたよ」と言わんばかりの、誇らしげな表情をしていました。その顔を見ると、軽々しく怒ることはできませんでした。

嬉しいような、困るような

もちろん、机に油性ペンで名前を書かれてしまったことには困りました。消せるものなら消したいし、祖父母にも少し申し訳ない気持ちになりました。でもそれ以上に、先生の言葉をまっすぐ受け止めて、一生懸命行動に移した息子の純粋さが愛おしくてたまりませんでした。

子どもは時々、大人の予想を軽々と飛び越えていきます。困った出来事のはずなのに、その奥には一生懸命さや素直さが詰まっていて、結局こちらが笑ってしまうのです。あの日、誇らしそうに胸を張る息子を前に、私は嬉しいような、でもどうしよう……という気持ちが入り混じって、なんとも言葉が出ませんでした。

今ではその机の名前も、息子が小さかった頃のまっすぐさを思い出させてくれる、わが家の大切な思い出です。

【体験者:40代、筆者、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:M.Noda
家族との何気ない日々や子育ての経験が「誰かの力になれば」とライター活動をスタート。事務職で培った「正確さ」と、主婦・母としての「リアルな視点」を武器に、家族や義実家、人間関係の悩みに向き合う。自身の体験をベースにした共感度の高いエピソードを大切に、読者の心にそっと寄り添うコラムを執筆中。

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