筆者の話です。
法事で親戚が集まるたび、私は決まってある席に向かいます。
そこには、父を思い出す理由がありました。
画像: 法事で「ここ、いいですか?」必ず父のいとこの隣に座る理由。錯覚が生む『奇跡』に「言葉が出なくなった」

法事の席で

「ここ、いいですか?」
法事で親戚が集まると、私は決まって同じ言葉を口にします。
向かう先は、父のいとこが座っている席の近くです。

その人は父とは性格がまったく違います。
よく話し、よく笑い、場の空気を明るくするような人です。
それでも、笑ったときの目じりが父によく似ていました。

弟は父にそっくりだと言われます。
顔立ちも体格も父に似ているのですが、不思議と同じような気持ちにはなりません。
けれど、その人がふっと声を上げて笑うと、胸の奥がわずかに揺れるのです。

面影の笑顔

父が亡くなって、もう10年が過ぎました。
時間がたてば寂しさは薄れると言われます。
けれど、完全に消えるわけではありません。
ただ、その気持ちに少し慣れてきただけなのだと思います。

法事の会食が始まると、私はさりげなく席を移動します。
「ここ、いいですか?」
そう声をかけて、その人の近くに腰を下ろすのです。
顔が見える位置に座り、湯呑みを持つ手や、誰かの話に笑ってうなずく様子を、つい目で追ってしまいます。

かつての父も、こうして誰かの話を聞いていたのではないか。くしゃっと目じりが下がる瞬間を見るたび、凍りついていた心の奥がそっとほどけていくのを感じました。

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