友人Aの話です。
駐車場の使い方をきっかけに、夫婦の関係について考え直す出来事がありました。
夫のひと言を聞いたとき、Aは「車の問題ではなかった」と気づきます。

ふたりの家

Aはこの出来事を、友人に相談しました。
すると返ってきたのは、こんな言葉でした。

「結婚してから買った家なら、法律的にも共有財産でしょ」
そのときAは気づきました。
問題は駐車場の不便さそのものではなかったのです。
「相手に尽くすことが当然」と思われ、自分の都合や感情を尊重されていない関係性そのものに苦しんでいたのだと。

『自分の家』ではなく『ふたりの家』
そして、どちらかの所有物ではなく「対等なパートナー」であるはず。

そう考えたAは、駐車場の使い方や連絡のルールについて、感情的にならずに改めて話し合おうと決めました。
対等に暮らしていくために、まずは言葉にして伝えることが大切だと感じたからです。

【体験者:50代・女性主婦、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中

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