人は誰しも「あなたのため」という言葉に弱いものです。家族から向けられる善意なら、なおさら無下にはできませんよね。でも、その優しさが重荷になる瞬間もあるのではないでしょうか。今回は、筆者の友人の体験談をご紹介します。

母の不器用な素顔

半年後、父を通じて届いた母からの手紙には「まだまだ子どもだと思って、あなたの人生に口を出しすぎていた。ごめんなさい」と謝罪の言葉が綴られていました。

そこには支配的な母ではなく、娘を思うあまりに空回っていた、一人の不器用な女性の姿がありました。

とはいえ、今さら以前の距離に戻ることもできません。
それほど、長年積み重なった心のしこりは、私にとって重いものなのです。

距離を置いて見つけた新しい幸せ

現在は月1回の電話と、年に数回の帰省という距離感を保っています。

近すぎると見えなかった愛も、離れることでようやく形を変えて受け入れられるようになりました。
母の期待に応えるのではなく、自分の心地よさを優先すること。
それこそが私にとっての幸せだと、遅くなったけれどようやく気づいたのです。

今も、母の言葉にチクリと胸が痛むことはあります。
でも、その痛みに蓋をせず「私は私」と思えるようになりました。
この心地よい距離こそが、私がようやく手に入れた自由なのだと感じています。

【体験者:30代・女性主婦、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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