身近な人との何気ないやり取りに、戸惑ったことはありませんか。友人A子は、義妹Rの家で小さなズレを感じました。今回は、その体験を通して気づいた距離の取り方についてお伝えします。

何度も繰り返された、同じ流れ

その後も、似たようなことがありました。
洗濯物を干しに行ったままなかなか戻らなかったり、「これだけやっちゃうね」と溜まっていた家事を私の前で当たり前のように始めてしまったり……。

いつも私ひとりが、二人の子どもを見守っているのです。しだいに、私は「おもてなしされている客」ではなく、「便利なベビーシッター」として扱われているような苛立ちを感じるようになりました。

(これくらい、気にしすぎなのかな? 義理の仲だし、気を使わないのが“本当の仲良し”なのかな?)

そう思いながらも、胸の重さは消えません。

私が選んだ距離

結局、私は少しずつ距離を取ることにしました。誘われても、短時間で切り上げる。自宅で遊ぶ回数を減らす。

Rを責めたわけではありません。ただ、私はその距離が心地よいと感じただけです。

遠慮のない関係は、一見楽なようで、境界線もあいまいになります。

今も子ども同士は仲良しですが、私はもう、あのリビングで置き去りにされたような寂しさを感じることはありません。

あの違和感を見過ごさなかったことだけは、間違っていなかったように思います。

【体験者:30代女性・主婦、回答時期:2026年2月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:大空琉菜
受付職を経て、出産を機に「子どもをそばで見守りながら働ける仕事」を模索しライターに転身。 暮らしや思考の整理に関するKindle書籍を4冊出版し、Amazon新着ランキング累計21部門で1位に輝く実績を持つ。 取材や自身の経験をもとに、読者に「自分にもできそう」と前向きになれる記事を執筆。 得意分野は、片づけ、ライフスタイル、子育て、メンタルケアなど。Xでも情報発信中。

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