幼い頃、家族のために作られたひな壇。祖父と突然の別れを経た今も、ひな祭りが近づくたびに、その姿を思い出します。現在は娘と一緒に飾りながら、家族の記憶を受け継いでいます。筆者のエピソードです。
画像: 祖父の声は覚えていないけど。ひな壇を見て、思い出すのは──言葉にしない愛が、私の娘へと受け継がれるまで

心に残る笑顔

私の祖父は無口で寡黙な人でした。正直なところ、声はあまり覚えていません。けれど、ふとした瞬間に見せる優しい笑顔だけは、今でも鮮明に思い出せます。

趣味は日曜大工でした。
小さなのこぎりで板を切る後ろ姿を、私は飽きもせず眺めていました。何ができあがるのか分からないのに、不思議とワクワクしたものです。

小柄な祖母のために、棚の上の食器をとる踏み台を作ったり、私たち孫のために小さなイスを作ったり。とても器用な人でした。

五段に込められた手仕事

一番の大作が、ひな壇です。

母が幼いころから大切にしていたという、古いひな人形。その台を、孫のために新しく作り直してくれました。五段の立派なひな壇でした。

特別な言葉があったわけではありません。ただ黙々と作り、完成したひな壇を前に、少し照れたように笑っていた姿が残っています。

当時の私と姉は、思わず顔を見合わせて「わぁ! すごーい!」と声を上げ、何度もひな壇の周りを行ったり来たりしていました。

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