筆者の話です。
入院中の母は、同室の人ともすぐ打ち解ける社交的な性格でした。
その善意が、いつの間にか私の負担になっていて──

戸惑う瞬間

けれど、頼まれる内容は少しずつ変わっていきます。
「この間おばちゃんと話していた銘菓を買ってきてほしいの」

そう言われたとき、胸の奥に小さな引っかかりを覚えました。
さらに、好みも分からないパジャマまで頼まれたときには、正直どう返せばいいのか分からず、言葉に詰まってしまいます。

母は悪気なく、いつもの笑顔で頼んできます。
受け取る役目、考える役目、動く役目は、いつも私。
気づけば、母の善意の『窓口』を一手に引き受けている状態でした。

線を引く

母の顔を立てたい気持ちは、今も変わりません。
人とのつながりを大切にする母の姿勢は、今も変わらず、私の目に映っています。

けれど最近は、すべてを引き受けるのではなく、
「それは病院の売店で聞いてみてね」
そう、ひと呼吸置いて返すようにしています。

母の優しさを守るためにも、自分が無理をしない距離感が必要なのだと、静かに気づいた出来事でした。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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