子どもの頃の何気ない日常の風景が、大人になってから「実は親の愛情によって守られていたものだった」と気づく瞬間って、ありますよね。子どもの頃には分からなかった家族の事情や、大人の優しさ。今回は、筆者の友人のエピソードをご紹介します。

押し入れから見つかった秘密の記録

真相を知ったのは、私が結婚後、母の引っ越しを手伝っていたときのことです。

古い押し入れの奥から、父がかつて抱えていた大きな借金の明細と、それを一円単位で返済し続けた母の家計簿が出てきました。

それは、私が小学生から高校生まで過ごした“わが家の裏側の記録”でした。
家計は常に火の車で、母は少ないお金で必死に生活費をやりくりしていたのです。

あの頃の質素な食卓は、料理が苦手だからではなく、“そうせざるを得なかった”結果だったのだと知り、言葉が出ませんでした。

母が“料理下手キャラ”を演じた理由

母は私に貧乏だという惨めな思いをさせないために、あえて「料理が下手で凝ったものが作れない」というキャラクターを演じて、食費を切り詰めていたのでしょう。

そうして削った食費を、私の塾代や学費に回してくれていました。

家計簿の隅には「今日は娘の誕生日、奮発して鶏肉!」という文字まで……。
当時の母の覚悟と愛情を思うと、思わず涙がこぼれました。

守られていた日常への感謝

母が苦笑しながら言い続けた「料理が苦手なの」という言葉は、幼い私を守るための優しいウソでした。

あの質素な食卓は、母にとって日々の戦いの場であり、私たち家族を支えるための愛情の証だったのです。
大人になった今、その意味と母の思いがようやく分かりました。

今度は私が母を支える番。
これからは、母が自分のために笑い、美味しいものを心から楽しめる時間をたくさん増やせるよう、精一杯の親孝行をしていきたいと思っています。

【体験者:20代・女性会社員、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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