筆者の体験談です。
「やれることは全部やった」と思っていた父の看病。
それでも、別れのあとに残った気持ちは想像と違っていました。

涙が止まらない

でも、仕事から帰宅した後の一人になった瞬間、涙があふれました。
ふとした拍子に父の顔が浮かび、理由もなく泣いてしまう日が続いたのです。

「やれることは全部やったはずなのに」
そう思えば思うほど、心と現実の気持ちが噛み合いません。
やり残しがあったわけではないのに、悲しみは予想以上に深く、簡単には収まってくれませんでした。

残された時間

あとから気づいたのは、やりきった感覚と悲しみの深さは別ものだということでした。
親から受けてきた愛情の大きさには、どれだけ尽くしても追いつけないのかもしれません。

父のときは「全部やろう」と必死でしたが、今は無理に立ち直ろうとせず、残された母との時間を大切にしています。
母に対しては、父のときのように自分を追い込みすぎず、できることを少しずつ、無理のない距離感で重ねていこう。
涙がこぼれる日があっても、そのままにしています。
それが今の私なりの向き合い方です。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年1月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。

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