仕事で多くの人と接していると、自分の価値観が試されるような、判断に迷う場面に出会うことがありますよね。時には自分の「思い込み」が視界を曇らせてしまうことも。今回は、企業の面接官として働く友人が、自身の体験談を聞かせてくれました。

想像していた光景との違い

面接場所の会議室へ入ると、緊張した面持ちの青年と、その隣に静かに座る母親の姿がありました。

挨拶をすると、話し始めるのを待っていた私をよそに、母親は深く頭を下げ、音もなく、静かに手を動かし始めました。

その仕草に違和感を覚え、視線を向けた瞬間、それが「手話」だと気づきました。

青年は聴覚に障がいがあり、母親は通訳として同席していたのです。
履歴書には丁寧にその旨が記載されていたのに、私は忙しさを言い訳に、大切な一行を読み飛ばしていました。

過保護ではなく、「信頼の形」

面接が始まると、母親は一切口出しをせず、息子さんの言葉を淡々と通訳するだけ。
そこにあったのは決して依存ではなく、信頼に基づいた親子の連携でした。

そして、彼自身の受け答えは的確で、専門知識も十分。
熱意に満ちた素晴らしいものだったのです。

多様性の大切さを語る立場なのに、誰より偏見に満ちていたのは私自身。
「親子同伴」という表面だけで判断し、色眼鏡で見ていた自分が、心底恥ずかしくなりました。

人を見るとはどういうことか

その男性は最終的に、本人が希望していた研究職として入社してもらうことになり、現在も大活躍しています。
もしあの時、先入観だけで追い返していたら、会社にとって大きな損失だったでしょう。

人を見るとは、背景ごと受け止めること。
あの日の面接は、面接官として、そしてひとりの大人として、私の姿勢を見直す大切なきっかけになりました。

【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。

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