親ならば誰しも、我が子には「自分より広い世界を見てほしい」と願うものでしょう。けれど、優秀に育っていく背中を見て、ふと「自分は母親として足りないのではないか」と自信を失ってしまう夜があるかもしれません。
これは筆者の知人A子から聞いた、ある「ピザの事件」のお話。長年のコンプレックスに悩んでいた彼女が、娘のあるひと言に救われ、親子の関わり方を見つめ直した出来事です。

「先生」をやめて、共に歩む母へ

食後、キッチンで片付けをしていると、娘が近づき、そっと私に耳打ちしました。

「さっきのママのああいうところ、私大好きだよ」

実は、その一部始終を娘だけが見ていたのです。娘が尊敬してくれたのは、私がこだわっていた偏差値ではなく、人の失敗を許せる「心の在り方」でした。

その日以来、私は無理に「賢い母」を演じるのをやめました。

知らないことは「教えて」と娘に聞き、一緒に考える。肩の力が抜けた今のほうが、以前よりずっと、子どもたちと豊かな会話ができている気がするのです。

【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2025年12月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Yumeko.N
元大学職員のコラムニスト。専業主婦として家事と子育てに奮闘。その傍ら、ママ友や同僚からの聞き取り・紹介を中心にインタビューを行う。特に子育てに関する記事、教育機関での経験を通じた子供の成長に関わる親子・家庭環境のテーマを得意とし、同ジャンルのフィールドワークを通じて記事を執筆。

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