これは筆者A子が、過干渉な母親との衝突を通して、自立の大切さを学んだエピソードです。親の“悪気のない言葉”が、私の心を傷つけました。

堪忍袋の緒が切れた夜

その数日後、母からまた電話が。
「今度の日曜、お見合い相手とごはん行くことにしたから」
私は思わず声を荒げてしまいました。
「お母さん、いい加減にして! 私の人生はお母さんのためにあるんじゃない!」
母は沈黙し、しばらくして小さな声で「そんな言い方しなくても……」とつぶやきました。
私も涙が出て止まりませんでした。
大好きな母と、こんなふうに言い合いになるなんて。
でも、言わなければ、一生“母の理想の娘”のままでいたと思います。

“母の愛”の形を受け入れた日

その夜、母からLINEが届きました。
「A子、ごめんね。あなたの幸せを思って言ったつもりだったけど、押しつけてたね」
短い文章に、母の不器用な愛情が滲んでいて、私は泣きながら返信しました。
「お母さんの気持ちは嬉しいよ。でも、私は私の人生をちゃんと生きたい」
それから母は、結婚の話をしなくなりました。
代わりに「最近どんな仕事してるの?」と、少しずつ“今の私”を見てくれるようになりました。
親の愛はありがたい。でも、愛が“心配”に変わると、時に相手を傷つけることがあります。
あの夜の涙は、私と母が“親子”ではなく“ひとりの人間同士”として向き合えた瞬間でした。

【体験者:30代・女性会社員、回答時期:2025年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:池田みのり
SNS運用代行の職を通じて、常にユーザー目線で物事を考える傍ら、子育て世代に役立つ情報の少なさを痛感。育児と仕事に奮闘するママたちに参考になる情報を発信すべく、自らの経験で得たリアルな悲喜こもごもを伝えたいとライター業をスタート。

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