筆者の体験談です。久しぶりに実家に帰った日、古いアルバムをめくっていたら、すっかり忘れていた子ども時代の風景がよみがえってきました。
写っていたのは、小さな砂場とブランコ、そして立派な藤棚。あの庭で、トンネル堀りやおままごとをして楽しく遊んでいたことを思い出したのです。

ただの庭じゃなかった

子どもの頃はただ「楽しい遊び場」だった庭。でも、それは両親が私達兄弟のために考えて作ってくれた、小さな愛の結晶だったのだと気づかされました。
田舎で遊ぶ場所がない、という不便を「仕方ない」と済まさず、自分たちの手で環境を作ってくれた──。

仕事で忙しかったはずの父が、時間を見つけて庭に砂を運んでいた光景が、今さらながらまぶしく思えました。
私がのびのび遊べたのは、あの庭があったから。
楽しく遊べていたのは、親の工夫と愛情のおかげだったのです。

たくさん愛されていたよ

大人になった今、ようやくあの庭の意味がわかるようになりました。
親の愛情は、ときにわかりにくくて、ずいぶん時間が経ってから「そうだったんだ」と気づくことも多いものです。

厳しかった父に、反発ばかりしていた私。
でも、写真の中で無邪気に笑う小さな私は、ちゃんと愛されていたのだと思います。
父の仏壇にお線香を手向け、静かに手を合わせました。

【体験者:50代、筆者、回答時期:2025年7月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒヤリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:大下ユウ
歯科衛生士として長年活躍後、一般事務、そして子育てを経て再び歯科衛生士に復帰。その後、自身の経験を活かし、対人関係の仕事とは真逆の在宅ワークであるWebライターに挑戦。現在は、歯科・医療関係、占い、子育て、料理といった幅広いジャンルで、自身の経験や家族・友人へのヒアリングを通して、読者の心に響く記事を執筆中。

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