目の前で、大きな荷物に苦戦する老夫婦を見かけたら――あなたなら、どうしますか? ほんの少し手を差し伸べた、筆者の友人・田村夫妻(仮名)。ところがその親切心が、思いがけない誤解を生んでしまったのです。これは、ふたりが旅行帰りの駅で体験した、忘れられない出来事です。

そのやり取りを聞いたご主人の顔から、緊張が少しずつ抜けていきます。ご年配の奥様が、ふと気づいたように言いました。
「私ね、よく聞こえないのよ」

ご主人は、ぼやくように返します。
「急に大声を出すんじゃないよ、泥棒じゃないってば!」

奥様は顔をしかめて、口をとがらせました。
「えっ、なんて? あなたこそちょっと落ち着きなさいよ!」

かみ合わない会話に、ご主人が大きな声で笑い出します。
その笑いにつられて、まわりからもくすくすと笑い声がこぼれ始めました。

奥様も照れくさそうに笑いながら言います。
「あら、なんだか違ったの? 私ってば、いやだわ〜。驚いちゃったのよ」

空気がふわっとほどけていきました。
「いやー、親切な方に申し訳ないことをした」
「ありがとう、すごく助かりますよ」
老夫婦がそろって笑顔を向けたそのとき、田村夫妻にもようやく笑顔が戻ったそうです。

やさしさのかたちに、正解はなくて

あとになって田村さんは、照れ笑いを浮かべながら言っていました。
「いやあ、どうなることかと冷や汗でしたよ……最近は物騒ですし、無理もないですよね」

見て見ぬふりをしても、誰にも責められなかったかもしれません。
でも、そうはできなかった。それが、田村さんご夫婦らしさなのだと思います。

親切って、むずかしい。
それでも――やさしくありたい。

田村夫妻の話を聞いて、私も、そうしたいと思いました。

【体験者:40代・会社員夫婦、回答時期:2024年10月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

ltnライター:神野まみ
フリーランスのWEBライター・コラムニスト。地域情報誌や女性向けWEBメディアでの執筆経験を活かし、医療・健康、人間関係のコラム、マーケティングなど幅広い分野で活動している。家族やママ友のトラブル経験を原点とし、「誰にも言えない本音を届けたい」という想いで執筆を開始。実体験をもとにしたフィールドワークやヒアリング、SNSや専門家取材、公的機関の情報などを通じて信頼性の高い情報源からリアルな声を集めている。女性向けメディアで連載や寄稿を行い、noteでは実話をもとにしたコラムやストーリーを発信中。

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