幼少期に“ケチ”だと思って反発していた母の節約習慣。
でも大人になり家庭を持った今、暮らしのなかでその意味を実感する瞬間が増えていくことに──。
今回は筆者の知人から聞いた、母の想いがじんわり心に響くエピソードをご紹介します。

何でも節約する母

私の母はとにかく“節約命”の人でした。

小さなことでも無駄を嫌い、家のなかでは常に節電・節水が当たり前。

使っていない家電のコンセントは即抜いたり、冷暖房の設定温度もとても厳しく管理されていたりしました。

外出時は必ず水筒を持たされ、自販機でジュースを買うなんて論外。服もほとんどが親戚や近所のおさがりでした。

不満

「節約はケチじゃない」
「工夫して暮らすってことよ」

今思えば、母の節約には明確な目的がありました。

父の収入が不安定だった時期があり、教育費と緊急時のための貯蓄を最優先にしていたのです。

娘3人が希望した習いごとは何でも通わせてくれ、田舎から都内への大学進学も“諦めさせないため”に毎日の小さな出費を徹底的に抑えていた母。

私たちに我慢をさせてまで節約したのは、将来の選択肢を減らさないための“先回りの配慮”でした。

とはいえ、当時の私はどうしてもその意見に賛同はできず……。

特に思春期には、母の努力を想像することもせず「どうしてうちだけこんなに細かいことばかり気にしなきゃいけないの?」と、母の工夫を「貧乏くさい」と切り捨てて噛みついてしまったことがあります。

そんな私を困ったようなほほえみを浮かべながらなだめる母の表情が印象的でした。