「幸せな結婚」と聞くと、多くの人はキラキラした新婚生活や、理想の夫婦像を思い浮かべるかもしれません。けれど、何年も同じ屋根の下で暮らしていれば、美しいことだけではなく、泥臭い現実も見えてきます。今回は、筆者の知人の体験談をお届けします。

ある夜、夫と二人でグラスを傾けていて、会話の流れでふと私が「結婚って、本当に修行だよねぇ」という言葉を漏らしたときのことです。

一瞬の沈黙の後、夫は怒るどころか「……俺もそろそろ悟りを開きそうだよ」とポツリ。
思わず顔を見合わせて爆笑してしまいました。

欠点が「愛嬌」に昇華されるまで

かつては衝突の種だった相手の欠点が、今では「ああ、またか」と流せるまでになっていることに、そのとき気がつきました。

それを世間では「諦め」と呼ぶのかもしれません。
でも、今の私にとっては、相手を自分の型にはめようとする執着から解き放たれた、心地よい「解放」に近い感覚です。

「もっとこうしてくれたらいいのに!」という期待をそっと捨て、お互いの不完全さをそのまま受け入れる。
それは、長い年月という修行を経てたどり着いた、私たちなりの一つの境地と言えます。

「理想の夫婦」から「最強の戦友」へ

もちろん、私たち夫婦のこの考え方が、絶対に正しいというわけではありません。
分かり合うことを諦めず、対話を続ける夫婦の形も、それはそれで素晴らしいと思います。

今の私たちは、キラキラした理想を追い求める夫婦ではありません。
「他人同士が同じ屋根の下で暮らすことの難しさ」を骨の髄まで知っている、いわば戦友のような存在です。

「まあ、これからも一緒に修行しますか」と冗談を言い合えるゆるい夫婦関係が、私たちにはしっくりくるようです。
ある意味、新婚時代よりもずっと、お互いに対して誠実でいられている気がします。

【体験者:50代・女性パート職、回答時期:2026年3月】

※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。