友人Aの話です。
駐車場の使い方をきっかけに、夫婦の関係について考え直す出来事がありました。
夫のひと言を聞いたとき、Aは「車の問題ではなかった」と気づきます。

駐車場の事情

「車を動かしといて」
夫が出かけるとき、Aはよくそう頼まれていました。
A夫婦の家の駐車場は、前後に車を止める造りです。

夫の大きな愛車を出すには、前に止めてあるAの軽自動車を道路側へ出す必要があります。
夫が自分で2台を動かすことはありません。
数分の作業ですが、夫が愛車で出かける際には、Aが軽自動車を動かすのが「当たり前」の習慣になっていました。

待つ日々

夫は外出先から帰るときも、Aに連絡を入れてから家へ戻ってきます。
そのタイミングで、Aは軽自動車を前の道路に出して待つのです。

ところが、その連絡の時間はいつも一定ではありませんでした。
家の近くまで来てから知らせてくる日もあれば、国道を離れた時点で前もって連絡が入ることもあります。
夫が車を寄せて運転を止められるタイミングで連絡してくるため、あと5分のときもあれば、すでに家の前まで来ていることもありました。

Aはトイレに行くときもスマホを手放せなくなりました。
鍋に火をかけながら、通知音に耳を澄ませることもあります。
気づくのが遅れると、夫はすぐに不機嫌になります。
クラクションを鳴らされれば近所迷惑になるため、Aは慌てて外へ飛び出すこともありました。
「自分の時間を夫のタイミングに完全に支配されている」ような、重苦しい感覚が常にありました。
それでも、夫の大きな愛車は「傷つけたくない」という理由で、Aには運転させてもらえませんでした。

夫のひと言

ある日、Aは勇気を出して夫に伝えました。
「帰りの連絡をするのはいいけど、連絡するタイミングは考えてほしい」
せめていつ連絡がくるのかという目安だけでもわかれば、Aも家の中で落ち着いて過ごせると思ったのです。

「家にいるからいいだろう」という夫。
「じゃあ、遅れると怒るのをやめてくれない?」と言うと、夫の口から返ってきた言葉は思いがけないものでした。

「誰の家だと思っているのか!」
そのひと言を聞いたとき、Aの胸に強い違和感が残りました。