「私は行かなくても大丈夫」そう思い続けてきた、仕事優先の人生。
近しい人を失ったあと、ふと立ち止まった先で気づいたこととは。
立ち止まる
けれど、近しい人が亡くなり、いろいろなことを自分ひとりで抱える状況になったとき、思わず立ち止まりました。
以前、従妹の葬式に参列したときのこと。
彼女を慕う同級生らしき人たちが次々と訪れ、久しぶりに顔を合わせて言葉を交わしていました。
その温かな光景を見ながら、私はふと、自分には連絡を取り続けている同級生がどれほどいるだろうかと考えたのです。
頼れる先がすぐに浮かばない。
相談できる相手が、思っていたより少ない。
その現実に気づいた瞬間、胸の奥が静かにざわついたのです。
自分はこれまで、誰と、どんなふうにつながってきたのだろう。
そんな問いが、遅れて浮かびました。
今から
仕事を優先してきたこと自体を、後悔しているわけではありません。
その時間があったからこそ、得られたものも確かにありました。
ただ、仕事以外の世界を、自分で思っていた以上に狭くしてしまっていたのかもしれない。
そう感じるようになりました。
あの頃、もう少しだけ外に目を向けていたら、違う景色が見えていたのかもしれません。
すべてがひと段落した今だからこそ、これからできることは、まだある。
そう思えるようになった出来事でした。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年1月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。