筆者の体験談です。
「やれることは全部やった」と思っていた父の看病。
それでも、別れのあとに残った気持ちは想像と違っていました。
「やれることは全部やった」と思っていた父の看病。
それでも、別れのあとに残った気持ちは想像と違っていました。
私のやれること
「やれることは全部やった」
父が病気で亡くなったとき、私は何度もそう口にしていました。
闘病が始まったとき、私は病院の近くに住むことを選びました。
年に数回の入院。父は人見知りで、家族が近くにいないとダメな人でした。
入院中は仕事の合間を縫って毎日顔を出し、退院してからは通院の付き添いや送迎も引き受けたのです。
体調のいい日も悪い日も、父の予定を中心に一日が回っていく生活。
できることは後回しにせず、その都度やってきたつもりでした。
感情を抑える日々
父を看取った後、仕事や日常をこなしながら、私は「これだけやったのだから大丈夫」と自分に言い聞かせていました。
周囲からも「親孝行だったね」と声をかけられ、そのたびにうなずいて答えていました。
忙しさに追われている間は、自分の気持ちを考える余裕もありません。
平気そうに振る舞いながら、どこかで「弱音を吐いてはいけない」と自分を抑えていたのだと思います。
そうやって、感情を置き去りにしたままの日々が静かに積み重なっていきました。