イヤホンをつけたお客様
Mさんは地元で大人気の、ハンバーグがおいしいお店でランチタイムのパートをしています。
そのお店はハンバーグをアツアツの鉄板にのせて提供するスタイルで、鉄板の上に置かれた焼き石で自分好みの焼き加減を調節できるのも人気の理由でした。
ある日のランチタイムの終わりごろ、Mさんが忙しく店内を動き回っていると、ひとりの若い女性が来店しました。
「いらっしゃいませ! 1名様ですか? 」
「……」
Mさんが声をかけても女性はスルー。聞こえなかったかな? とMさんがその女性にもう一度話しかけようとして、あることに気づきました。
「あ、イヤホン」
そのお客さんはイヤホンをしていて、かすかに音漏れがするほど大音量で音楽を聴いている様子。
「こちらにどうぞ」
1人客だったこともあり、周囲に他のお客さんのいないカウンター席に案内しました。
女性客は無言のまま席につき、メニューを見て、ハンバーグを指さして注文しました。
アツアツのハンバーグが……
まもなくハンバーグができあがり、Mさんは鉄板にのったハンバーグをカウンター席へ持っていきました。
しかしそこで問題がひとつ。アツアツの鉄板を持っているので、いつもカウンター席のお客様には必ず後ろから声を掛けて注意を促すのですが、この女性客はイヤホンをしてスマホを見ています。
「恐れ入ります、お客様。ご注文の品をお持ちしました」
「熱い鉄板を置かせていただきますので、お気をつけください」
Mさんは何度か大きめに声を掛けて女性客がチラリとこちらを見たのを確認すると、細心の注意を払い、女性客の左側からゆっくり回りこむように商品を置こうとしました。
しかしその瞬間、女性客は急にカウンター下の荷物置きに入れたバッグから物を取り出そうとして身をかがめたのです。肩がMさんの持っている鉄板をのせたトレイにぶつかり、トレイは大きく傾きました。
「あぶない!」
Mさんは女性客に熱いものがかからないように、とっさにトレイを逆方向へ引き寄せました。結果として、鉄板やハンバーグ、ソースはMさんに向かってひっくり返ってしまったのです。
幸い女性客にケガはありませんでしたが、アツアツのハンバーグやソースがMさんの手にかかり、Mさんは軽い火傷を負うことに。女性客は状況を把握できていない様子で、何が起きたのか理解するのに時間がかかっていました。
この事故をきっかけに、お店ではオペレーションと安全への意識を大きく見直しました。
公共の場でのサービス提供や利用においては、わずかなコミュニケーション不足が大きな事故につながりかねないことを学びました。
【体験者:40代・女性主婦、回答時期:2025年9月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:齋藤緑子
大学卒業後に同人作家や接客業、医療事務などさまざまな職業を経験。多くの人と出会う中で、なぜか面白い話が集まってくるため、それを活かすべくライターに転向。現代社会を生きる女性たちの悩みに寄り添う記事を執筆。