すれ違う「遠慮」の意味
人生の後半に差し掛かり、夫婦二人の穏やかな暮らしを送っていたAさんに、思いがけない変化が訪れました。息子が結婚し、新婚生活を始めるにあたって「お金を貯めたいから、同居させてもらえないか」と話を持ちかけてきたのです。
久しぶりに賑やかになる家を想像すると、Aさんの胸は高鳴りました。新しく家族になるお嫁さんとの関係に少しの不安を感じながらも、お嫁さんが言ってくれた「家族になったんだから、お互い遠慮しないようにしましょうね」という言葉に、Aさんの心はふっと軽くなりました。これからずっと一緒に暮らしていくのだから、お互い本音で向き合えればいいなと心から思いました。
しかし、その思い込みが、まさかあんな結果を招くことになるなんて、当時のAさんは知る由もなかったのです。
「家族だから」という言葉の重み
同居が始まり、Aさんの家事は倍に増えました。夫と息子は仕事で忙しい。お嫁さんは職探し中だというから、Aさんの中では、自分が引き受けるのは当然だと思っていました。
しかし、特にAさんの心を重くしたのは、Aさんが家事に追われている横で、日中もリラックスした姿でくつろぎ、手伝うそぶりすら見せないお嫁さんの存在でした。
「職探しで疲れているのかな」「慣れない環境で大変なんだろう」
最初はそう言い聞かせました。でも、一か月も経つと、Aさんの心はざわつき始めました。
「家族だから、少しは手伝ってくれてもいいんじゃないか?」
「家族だから、もう少し家の中での身だしなみをちゃんとしてくれてもいいんじゃないか?」
いつの間にか、Aさんの中で「家族だから」という言葉が、“私の理想の家族像に、あなたの行動を合わせてほしい”という無意識の要求に変わっていたのです。
たった一言が言えなかった理由
それでも、Aさんはお嫁さんに何も言えませんでした。
「何か言えば『嫁いびりだ』と思われてしまうかもしれない」
そんな恐怖心が、Aさんの口を固く閉ざしました。心の中で膨らんでいく不満は、次第にAさん自身を苦しめました。
ついに我慢の限界を迎えたAさんは、息子に相談しました。
「お嫁さんが家事を手伝ってくれなくて大変なの」と。