響かなかった母の口癖
「お金や肩書より、人からの“信用”を大事にしなさい」
昔から、母は口癖のようにそう言っていました。
20代だった私は、その言葉を聞くたびに心の中でため息をついたものです。「また始まった」と。
当時の私にとって、世界はもっと分かりやすいものでした。
お給料や役職といった“目に見えるもの”こそが自分の価値で、結果がすべてだと思っていたのです。
信用なんて目に見えないものより、すぐ形になるものの方がずっと大事だと思えて仕方ありませんでした。
無意識に守っていた“母の教え”
それでも不思議なもので、私の日常には母から受け継いだ習慣がしっかり根付いていました。
クライアントとの約束や納期は必ず守る。
どんなに小さなことでも嘘はつかない。
助けてもらったらすぐに「ありがとう」を伝える。
当たり前すぎて意識すらしていませんでしたが、振り返ってみると、社会人になってからも私はずっとそれをごく自然に続けていたのです。
いつも誰に対しても誠実だった母の背中を、知らず知らずのうちに見て育ったからなのかもしれません。
ブランク明け、助けてくれたのは……
月日は流れ、私は30代半ばに。
出産と育児で1度キャリアから離れ、フリーランスとして社会復帰を目指していました。
しかし、数年のブランクは思った以上に大きく、「私のスキルはもう通用しないかも……」と不安で押しつぶされそうな毎日。
そんな時、声をかけてくれたのは過去に一緒に仕事をしたクライアントや同僚たち。
「あなたなら安心して任せられるから」。そんなふうに言って、仕事の依頼をしてくれたのです。
「君の丁寧な仕事ぶりを覚えているよ」と言ってくださる方もいて、胸が熱くなりました。
見えない財産が私を守ってくれた
特別な実績やスキルではなく、彼らが覚えていてくれたのは、過去の私が積み重ねてきた“誠実な姿勢”でした。
その時、ハッとしたのです。
「信用」という目に見えない財産が、10年の時を経て、新しい一歩を踏み出そうとする私を支えてくれている。
やっと、母の言葉の本当の意味が胸に落ちました。
若い頃の私が「信用なんて」と笑っていたことを、今では恥ずかしく思います。
あの頃、真面目にコツコツ頑張った小さな誠実さが、今、私の1番のお守りになってくれています。
【体験者:30代・女性フリーランス、回答時期:2025年6月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。