鍋の冷めない距離が生んだ不自由さ
保育士として働くAさんは、義実家から車で15分の場所に住んでいます。「近くて助かるね」と言われることも多いけれど、実際はその“近さ”が、じわじわとプレッシャーになっていました。
毎週末のようにかかってくる義母からの電話は
「子供がいて、時間あるんなら遠慮しないで家に来たらいいのよ〜! 遊びにおいで!」
その言い方はいつも軽やかで、最初はただ孫に会いたいだけなのかと思っていたAさん。でも実際には、そのお誘いがあまりにも毎週続くので、内心では少し困っていたのです。
夫に「また誘われたんだけど」とこぼしても、「いいじゃない、“来るな”って言われないんだから。きっと母さん、Aちゃんのこと気に入ってるんだよ」と、のんきに返されるだけ。
Aさんは、事を荒立てて「面倒くさい嫁」だと思われたくなくて、断れずに我慢していました。でも最近、ふと気づいてしまったんです。義母の様子、なんだかちょっと不可解で。
もしかして私、ただ都合よく……留守番? 子守り? させられてるだけなのかも。
“お誘い”の正体
週末になり、義母から「遊びにおいで」と誘いがあったので、Aさんは子供と一緒に義実家へ向かいました。
子供の笑顔を見ていると、断れず受け入れてしまう自分がいました。
玄関を開けると親せきの子供たちが集まり、義母は鏡の前で着物に着替え中。
「Aちゃん、ちょうどよかったわ。子供たちお腹空いてきたって」
当然のように託児を任され、義母は「冷蔵庫にいろいろあるから」と軽やかに言い残し、外出していきます。
数時間後──
陽気に帰ってきた義母から漂ったのは、独身時代に友人たちと盛り上がった夜を思い出させるようなお酒と煙が混じった、にぎやかな空気の匂いでした。
これは善意の“お誘い”じゃない!
Aさんは、義母の本当の目的に気づき始めたのです。
義姉のひと言
その日、Aさんが義実家に着くと、義姉が桐たんすを開けて着物を探していました。
友人の結婚式用に借りに来たのだと言います。
その奥では、義母が自慢の着物を着付け、髪を整え、口紅を引いていました。
そして、この日も当然のように言ったのです。
「じゃ、あたしそろそろ行ってくるから。Aちゃん、またよろしくね〜」
唖然とした義姉が、声を絞り出しました。
「えっ、なに? お母さん、人呼んでおいて出かけるの? ……まさか毎週、Aちゃんに面倒見させてたの?!」
義母は着物の衿を整えながら、軽く返します。
「場所貸してるでしょ、子供預かる場所をね!」
その瞬間、場の空気が一変しました。
Aさんは、着付けを手伝っていた手をそっと離し、静かに言いました。
「私は保育士だけど、休日にタダで託児する契約じゃありません!」
その声は大きくはありませんでしたが、はっきりと通りました。
義姉も続けました。
「私も、土日は職場の託児所に預けるって何度も言ってたよね? それなのに“大丈夫、大丈夫”って言って、結局Aちゃんに見させてたの?」
義母は一瞬たじろぎ、「だって私も付き合いがあるから、いるのよ」と視線をそらしました。