タクシーの中で始まった人生相談
これは友人Rの体験談です。残業が長引いて終電を逃し、クタクタの状態でタクシーに乗り込んだ日のこと。行き先を告げてぼんやりと窓の外を見ていると、運転手が「ずいぶん遅いんですね」と話しかけてきました。
疲れ切っていたRは「ええ、まあ」と曖昧な返事をして、寝たふりを決め込もうと目を閉じます。
少し話せると感じたのか、運転手は「私もこの仕事に就く前はブラック企業でして……」と、ゆるやかに話し始めました。
うるさいなあと思いつつ、Rは目を閉じたまま「へぇ」とか「そうなんですか」と、気のない返事を続けていました。
運転手の悩みとは、、、
しかし会話が進むにつれて、話の内容はRの興味を引くような話題になってきたのです。
どうやら運転手は、同居する母と嫁との関係に悩んでいるようでした。嫁を守ろうとすれば母に泣かれ、母の意見に耳を傾ければ嫁に叱られる。嫁は子供とタッグを組み、ギャンギャン喚く母に負けじと言い返している。一度間に入って止めようとするも、「うるさいのよ!」「あっちにいってなさい!」と2人に追い出される始末。
「僕って……なんなんでしょうね」そう呟く運転手から、自分の居場所がない苦しさが伝わってきました。
運転手は、胸の内に溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように語り続けました。気が付けばRは、しっかりと目を見開き、運転手の悩み相談に真剣に聞き入っていたのです。
思わぬ流れが、誰かの支えに
自宅まであと20分。「このまま話を聞くべき? それとも適当なところで切り上げるべき?」
Rは心の中で密かに葛藤していました。結局、最後まで耳を傾けることにしたのです。
目的地に着くと、運転手は頭をかきながら「すみません。つい、止まらなくなってしまって……。話を聞いてもらって気が楽になりました。本当にありがとうございます」と、どこかほっとした様子でした。降りる間際まで何度も感謝の気持ちを伝える運転手に、Rは戸惑いつつ車を降りました。
去って行くタクシーを見送りながら、「たとえ一時でも、自分が誰かの支えになれたのだ」と気付いたR。その瞬間、心の中に温かい気持ちが広がるのを感じました。
その不思議な充実感に心が満たされたRは、気が付けば仕事の疲れもどこかへ消えていたそうです。
【体験者:30代・主婦、回答時期:2024年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材した実話です。ライターがヒアリングした内容となっており、取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
ltnライター:N.tamayura
長年勤めたブラック企業を退職し、書くことを仕事にするためライターに転職。在職中に人間関係の脆さを感じた経験から、同世代に向けて生き方のヒントになるような情報を発信すべく、日々リサーチを続けている。