筆者の体験談です。亭主関白だった父を亡くし、これから母は少し楽になるのではと思っていましたが、母の口から出たのは意外な言葉でした。

娘が気づけなかった『本当の気持ち』
楽になるはず
「これからは、自分の好きなように暮らせるだろう」
父が亡くなったあと、私は母のこれからをそんなふうに考えていました。
父は亭主関白で、家ではわがままなところもあり、母が父に合わせている姿を長年見てきたからです。
母は料理が好きで、以前は給食調理員として働いていたこともあります。
一人になっても、好きなものを作って気楽に食べながら、自分の時間を過ごしていくのだろう。私は勝手にそう思っていました。
母の意外な言葉
ところが、母が口にしたのは私が想像していなかった言葉でした。
「一人でご飯を食べるのが嫌」
料理を作ることが面倒なのではありません。
一人で食卓について、一人で食事をすることが嫌だと言うのです。
父は無口な性格で「おいしい」とか「いつもありがとう」などねぎらいの言葉もないタイプ。
口に合わないものは、何も言わずに食べないような人でした。
父に振り回されることも多かったのだから、一人になれば気楽だろうと思っていた私は驚きました。
しかし母にとっては、家事の負担が減ることよりも、長年一緒に食卓を囲んできた父がいなくなったことの方が大きかったようです。
一緒に囲む食卓
そんな母を気にかけてくれたのが、近所に住んでいた叔母でした。
叔母は仕事帰りに母の所へ寄り、一緒に夕食を食べてくれるようになりました。
誰かと一緒に食卓を囲めることを喜んでいる母の姿を見て、私はようやく気づいたのです。
私にとって父は、母を困らせることも多い父親でした。
だから「父がいなくなれば母は楽になる」と単純に考えていました。
でも、それは娘である私から見た夫婦の姿でしかなかったのです。
筆者の見解
長年一緒に暮らしてきた母にとって、父がいなくなることは「わがままな夫から解放される」という一言では片づけられないことだったのでしょう。
「一人でご飯を食べるのが嫌」
今でもその言葉を思い出すと、もっと母自身の気持ちを聞いておけばよかったと思います。
身近な家族だからこそ「きっとこう思っている」とわかったつもりになってしまうことがあります。しかし、長年連れ添った夫婦の関係は、子どもから見えている姿だけではわかりません。
自分の考えを当てはめるのではなく、本人がどう感じているのかを聞くこと。
その大切さを、母の言葉から教えられました。
【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年8月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


