小さい頃お世話になったからと、どんなに理不尽な扱いを受けても叔母の介護を続けた母。でも、亡くなった叔母が遺していたのは──。
画像: 「あんたが盗った!」泥棒扱いされても叔母の介護を続けた母。叔母亡き後、遺言書の『本音』に言葉を失う

「一人の方が気楽」理不尽な暴言に耐え続けた母

夫を亡くした叔母の唯一の頼りの綱は、私の母でした。
母自身も70歳という高齢でありながら、パートの休日を返上し、片道40分の道のりを運転して泊まり込みで世話をし、通院にも付き添う日々。年老いた母がここまでするのかと、家族としては心配になるほどでした。
しかし叔母は感謝どころか「一人の方が気楽」「来られると気を使う」と心無い言葉をぶつけます。
「なぜそこまでするの?」と尋ねても、母は「小さい頃、すごくお世話になったから」と答えるだけでした。

物盗られ妄想まで……深まる苦悩

そのうち認知症の症状が出始め、物忘れから「あんたが盗ったんでしょ!」と母を疑うようになりました。どんなに尽くしても報われないどころか泥棒扱いされる母を見て、「私ならとっくに手を引いている」と胸を痛め、怒りを覚えていました。それなのに母は、叔母の言葉に傷つきながらも、介護をやめようとはしませんでした。

遺言書に残された叔母の本音

数年後、叔母が亡くなり遺品整理をしていると、認知症が進む前に書かれたと思われる遺言書が出てきました。そこには母への深い感謝と、遺産の一部を譲る旨が明記されていたのです。「迷惑かと思っていたけれど……」と驚く母。「そんなつもりじゃなかったのに」と言いつつも、報われた母の表情はとても晴れやかでした。
その姿を見て、私まで胸が熱くなり、思わず涙がこぼれそうになりました。叔母は、母が自分のためにしてくれていたことを、ちゃんと分かっていたのです。

筆者の見解

理不尽に耐える母を見て、私はどこかで「損をしている」と感じていました。
でも、母にとっては損得の問題ではなかったのでしょう。
小さい頃にお世話になった恩を忘れず、どんな状況になっても、最後まで叔母を見捨てなかった母。

遺言書に残された叔母の言葉を知り、母のしてきたことは決して一方通行ではなかったのだと思うと、私まで嬉しくなりました。

私には到底真似できない母の深い愛情を、改めて感じた出来事でした。

【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年9月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

コメントを読む・書く

This article is a sponsored article by
''.