「屁理屈をこね始めたら誰も止められない」
家族からそう紹介された患者さんを担当することになった、新人看護師だった頃の筆者の嫌な予感は、すぐに現実となったのでした。
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「誰も止められない」と言われた患者さん

ある日、Fさんという男性患者さんが入院してきました。

認知機能に問題はありません。ただ、ご家族からは

「屁理屈をこね始めたら誰も止められません」

と聞いていました。

実際、奥様も

「私でも無理です」

と苦笑い。

私は担当看護師になった時から少し嫌な予感がしていました。

手術後に始まった大騒動

Fさんは大きな手術を受けました。

本来なら術後しばらくは、傷口が開かないようにすることや、点滴が抜けたり転倒したりする危険があるので患者さんの安全のために、ベッド上で安静に過ごさなければならない時間でした。

ところがFさんは完全に覚醒し、ベッドから下りようとしたり、病棟内を歩き回ろうとしたりと大騒ぎ。

暴れてかえってけがをする恐れがあったことから、医師の許可を得て「歩くのは危険だが、車椅子上で過ごすのは可」という特別な対応を取ることになりました。

ところが、それでもFさんは納得しません。

「車椅子も嫌だ。好きなように歩かせろ」

と安静そのものに強い不満を示し、不機嫌な様子が続いていました。

そんな中、その日のうちに事件が起きます。

付き添っていた奥様が置き手紙を残し、帰ってしまったのです。

そこには、

「私はこの人をもう見たくありません」

と書かれていました。

電話をしてもつながらず、私は夜勤者が来るまで暴れ回り暴言を吐くFさんに一人で対応することになりました。

「科学的根拠を出せ!」

Fさんは車椅子を押してほしいと言い、病棟内を何度も移動します。

その間も、

「お前は何も分かっていない」

「バカやな」

と文句ばかり。

私は必死に対応していました。

すると突然、

「君の言うことは科学的根拠に基づいていない!」

と大声で言われたのです。

何度説明しても聞き入れてもらえません。

ついに私も限界を迎えました。

「では、その科学的根拠に基づいていないという根拠を出してください」

「私たちは医学的根拠に基づいて仕事をしています」

思わずそう屁理屈を言い返してしまったのです。

すると、それまで勢いよく話していたFさんは急に静かになりました。

そして、

「もうベッドに戻る……」

とだけ言って病室へ戻ったのです。

数日後に渡された新聞の切り抜き

それから数日後。

私は再びFさんの担当になりました。

いつも通り検温をしていると、

「あの……」

とFさんが声をかけてきました。

差し出されたのは一枚の新聞の切り抜きです。

「後で読んで」

そう言われ、不思議に思いながら昼休みに広げてみました。

すると、記事の文字にいくつも丸印が付いています。

丸が付いた文字だけを順番に読んでみると、

「ご・め・ん」

という言葉になっていました。

さらに師長から頼まれ、しばらく病院へ来ていない奥様に連絡を取り、奥様がまた来てくれるようになりました。

その後、Fさんは奥様にも別の切り抜きを渡したそうです。

その記事の丸が付いていた文字を読むと、

「いつもありがとう」

という言葉になっていました。

後日、奥様は再びお見舞いに来られるようになり、二人は仲直りしたと聞きました。

筆者の見解

当時は振り回されてばかりで大変でしたが、今振り返ると忘れられない患者さんです。
あの新聞の切り抜きは、謝ることが苦手な人なりの精一杯の気持ちの表し方だったのかもしれません。

人は何歳になっても素直になるのは難しいものです。だからこそ、不器用ながらも気持ちを伝えようとしたFさんの行動が今でも心に残っています。

【体験者:30代・筆者、回答時期:2026年7月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Anne.R
看護師として9年間、多くの人生に寄り添う中で「一人ひとりの物語を丁寧に伝えたい」とライターの道へ。自身の家づくりやご近所トラブルの実体験に加え、現在は周囲へのインタビューを通じ、人間関係やキャリアなど女性の日常に寄り添った情報を発信している。

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