
保育園ママとの何気ない会話
保育園の送り迎えで、よく顔を合わせるママがいました。すれ違いざまにあいさつを交わし、立ち話をするくらいの関係でしたが、いつも笑顔でとても気さくな人です。
ある日のこと。「S小って、どんな感じ?」と、我が子が通う小学校について尋ねられました。
「学校の雰囲気、温かくていいところだよ」そう答えると、彼女は少し表情を和らげながらも、こう切り出したのです。
「そっか。うちもS小になるかもしれないんだけど……。実は、引っ越すかもしれなくて」
驚く私を前に、相手はそれ以上、詳しい場所や時期を口にすることはありませんでした。どこか言葉を濁すような、あいまいで静かなトーン。
その時は「少し急な話なのかな」と、胸の奥で小さな引っかかりを覚えただけでした。
「楽しみだね」と笑顔で見送った私
彼女の含みを持たせた言い方に、私は深く考えることもせず、言葉を返してしまいました。
「引っ越しは大変だけど、新しい家ってなんだかワクワクするよね」
別れ際にも、「新生活楽しんでね!」と大きく手を振って見送ったのです。
その時私は相手にどんな理由があるのか、少しも想像していませんでした。それがおめでたい理由での引っ越しなのだと勝手に思い込んでいたのです。
体験者の声
それから数カ月後、子どもが何気なく言いました。
「Kくん、名前変わったんだよ」
その一言を聞いた瞬間、私はハッとしたのです。
後になって周囲の話から、引っ越しには家庭の事情があったことを知りました。
そういえば、あの時のママは場所も時期もはっきり言わず、どこか言葉を選んでいるような様子でした。
それなのに私は、「楽しみだね」と何度も口にしていたのです。
「きっと前向きな理由に違いない」と勝手に決めつけ、彼女の気持ちを知ろうともしていなかった自分を思い出すと、今でも胸がチクリと痛みます。
それ以来、相手が話してくれたこと以上に、自分から無理に聞かないようになりました。
想像で話を広げるのではなく、その人のペースに合わせること。ただ、相手が話したいことに耳を傾けようと決めたのです。
あの日から、私は「何を話すか」よりも、「どこまで話してくれたか」を大切にするようになりました。
人には、それぞれの事情やタイミングがあります。
何気ない一言だからこそ、独りよがりにならないように。これからも、目の前の人にそっと寄り添うような会話を紡いでいきたいです。
【体験者:40代・筆者、回答時期:2026年7月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。


