手話サポーターとして、高齢男性に親身に寄り添っていた私。しかし、善意はいつしか「個人的な好意」と履き違えられてしまって……? 私生活にまで踏み込む無神経な男性の言動に対し、私が放った一言とは? 友人が体験談を語ってくれました。
画像: 「助けるのが役目だろう?」「えっ」ボランティアの私を絶句させた、高齢男性の『耳を疑う一言』

寄り添う心が仇に?

地域の手話サポーターとして、またボランティアサークルの運営として、私は「聞こえ」に悩む方々に寄り添ってきました。

最近手話サークルに入会した、高齢の中途失聴の男性Aさんもその一人。

中途失聴の方は発話が明瞭なことが多く、「本当は聞こえているのでは?」と誤解を受けがちです。

その孤独や大変さを知っていた私は、Aさんが孤立しないよう、誰よりも丁寧に、親身に話を聞くよう心がけていました。

しかし、私の「歩み寄り」は、いつしか彼の中で「何を言ってもいい相手」という甘えに変換されてしまったようでした。

凍りついた、役割を履き違えた一言

ある日のこと。

Aさんが「美術館に行きたいから、一緒に行こう」と言い出しました。

私は冷静に、丁寧に断りました。しかし、Aさんはしつこく食い下がります。

「交通費も出すし、飯も奢るから。僕を助けるのが、君の役目だろう?」

その言葉に、背筋が凍るような思いがしました。

私がボランティアとして費やしてきた時間や専門性、そして寄り添っていた心。

それらはすべて「公的な善意」であり、個人的な好意ではありません。
自分への個人的な好意だと誤解し、不躾に距離を詰めようとしたのです。

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