幼い頃、母からの心ない言葉に傷つき、「愛されていないのでは」と感じながら育ったA子さん。
一方で、愛情深く接してくれることもある母に、戸惑いを覚えていました。
大人になってから知った母の過酷な環境、そして自分自身が余裕を失ったときに見えてきた母との<共通点>。
過去の記憶と向き合う中で、親もまた一人の人間だと気づいたとき、長年抱えていた思いが少しずつ変わっていったそうです――。
画像: 「あんたなんて産まなきゃよかった」と言われて育った私。それでも「親孝行したい」と思うワケ

「あんたなんて産まなきゃよかった」

子供時代、母の言葉に何度も傷ついてきました。

母の機嫌が悪いときには理不尽に怒鳴られ、「あんたなんて産まなきゃよかった」と何回も言われました。
そのたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられ、「私は愛されていないのだろうか」と涙を流したものです。

あの頃の記憶は、今でも消えることはありません。

どっちが本当のお母さんなの?

けれど、母はひどい言葉を投げつける一方で、愛情深く接してくれることもありました。

忙しい中でも毎日お弁当を作ってくれたり、私が体調を崩せば一晩中看病してくれたり。
たしかに、愛されていると感じる瞬間もたくさんあったのです。

ただ、その優しさと、感情的にぶつけられる言葉との落差が大きすぎて、幼い私は戸惑いました。

こんなにも優しくしてくれるのに、どうしてあんなことを言うのだろう。
どちらが本当の母なのか、わかりませんでした。

母の事情

大人になってから、ようやく母の置かれていた状況を知りました。

父は働かず、家計はすべて母一人の肩にのしかかっていたこと。
頼れる実家もなく、仕事・家事・育児をすべて背負いながら、必死に生きていたこと。

当時の私は、そんなことを知る由もなく、ただただ傷つくばかりでした。

思春期以降は反発し、距離を置いた時期もあります。
あの頃は、もうこれ以上傷つきたくなくて、母のことを理解しようとは思えなかったのです。

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