筆者友人D子の話です。
子どもの学校の役員になったことをきっかけに、LINEグループでのやり取りが始まります。
「できる人がやればいいよね」という一見やわらかな言葉の裏で、少しずつ役割が偏っていく日常。
忙しい毎日の中で積み重なっていく違和感と、見過ごされがちな“役員の負担”とは?
画像: 「誰かやるよね?」の沈黙に耐えられず。役員の仕事に疲弊 → 波風を立てずに役割を振った方法とは

「誰かやるよね」の空気に、手を挙げてしまった日

子どもの学校の役員になりました。
最初のLINEグループは、穏やかな雰囲気でした。
「誰か資料を作れる人、いますか」
「できる人がやればいいよね」
そんなやり取りの中で、私は自然と手を挙げました。
仕事の合間に資料を整え、名簿をまとめ、連絡文を考える日々。
誰かに強く頼まれたわけではなく、場の空気に応じただけの行動でした。

「私がやらなきゃ回らない」という錯覚

それが、いつの間にか当たり前に。
会議の準備、印刷物の手配、先生との連絡……
誰も何も言いませんが、私が動かなければ物事が進まない状態。
「助かります」と言われるたびに、少しだけ報われた気持ちになります。
しかし次の案件でも、また同じ流れ。
役員の仕事が、生活の隙間に入り込み始めた感覚。
断れない自分への違和感と、波風を立てたくないという迷いが生じました。

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