最近よく耳にする“墓じまい”。まさか自分が、身近で向き合うとは思いませんでした。おじから告げられた言葉に胸がゆれ、その奥にある思いに気づかされた、筆者の体験談です。
画像: 【墓じまい】「いつかはここに入る」と思ってた。姪の私が直面した現実。おじの『愛ある一言』にホロリ

受け継げない現実

先日、おじから「墓じまいを考えている」と言われました。祖父母も、そのまた親も眠る、大切な場所。以前、「いつかはここに入る」と話していたので、動揺しました。

私も姉も嫁ぎ、おじに子どもはいない。いずれ誰も守れなくなることは、頭では理解しています。それでも“墓じまい”に、気持ちが追いつきませんでした。

お線香の香り、祖母の声、母が手を合わせる背中──墓参りのたびに胸に浮かんだ懐かしい景色が、心の奥でゆれました。

管理の重さを知り、気づいたこと

話を聞くと、管理の負担は想像以上に大きいものでした。

お彼岸や供養の準備、霊園とのやりとり、管理費……。若い頃は「年に、二回行くだけ」と思い込んでいましたが、実際には、確実に手間も費用もかなりのもの。

おじも年齢を重ね、ひとつひとつの作業が重くのしかかっているのだと知りました。「大切に思うからこそ、中途半端にはできない」というおじの責任感の裏返しでもあったのです。

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