少しずつ積み重なる違和感
しかし、しばらくすると、小さな違和感の数々が無視できなくなっていきました。
「今日は帰りが遅かったね」
「誰と会うの?」
「何を買ったの?」
母にとっては何気ない会話のつもりだったのでしょう。
でも長年一人暮らしをしてきた私には、行動を逐一確認されているようで窮屈に感じられました。
一方で、母も私に対して「せっかくご飯を作ったのに時間が合わない」「話したいのに部屋にこもっている」と、寂しさや不満を感じていたようです。
ついに衝突してしまい……
そんな中、転機になったのは些細な口論での母の言葉でした。
「昔はもっと素直な子だったのに」
ついカッとなり、「私はもう子どもじゃないよ」と衝動的に言い返してしまった時、ようやく気づいたのです。
母は昔の娘との生活を期待し、私は昔の母との関係に甘えていたのだと。
私たちはそれぞれの人生を築いてきた「大人同士」で、別々に過ごした時間は思っていた以上に長かったのだと痛感しました。
離れたことで取り戻した関係
何度も話し合った末、私たちはまた別々に暮らすことを選びました。
周囲からは驚かれましたが、少し離れてみるとまた関係が良好になり、今ではたまにランチをしたり、電話でお互いの近況を話したりする仲です。
私と母は、仲が悪くなったから離れたのではなく、仲良くいるために距離を取りました。
親子だからこそ、近すぎると苦しくなることもある。
お互いの良さや感謝の気持ちは、ほどよい距離があるからこそ見えてくるものなのかもしれません。
【体験者:40代・女性会社員、回答時期:2026年5月】
※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。
FTNコラムニスト:藍沢ゆきの
元OL。出産を機に、育休取得の難しさやワーキングマザーの生き辛さに疑問を持ち、問題提起したいとライターに転身。以来恋愛や人間関係に関するコラムをこれまでに1000本以上執筆するフリーライター。日々フィールドワークやリモートインタビューで女性の人生に関する喜怒哀楽を取材。記事にしている。