筆者の話です。
義実家で「電球替えてくれる?」と頼まれ、脚立に上がった私。
その場に流れていた『当たり前の空気』に、思わず立ち止まる出来事がありました。

脚立がぐらりと揺れ、とっさに踏ん張った拍子に足を軽くひねってしまいます。
「痛い!」
思わず大げさなくらい声を上げ、その場に座り込みました。
すると夫が慌てて立ち上がり「大丈夫!?」と駆け寄ってきたのです。
電球を持った義母と揺れた脚立を見て、夫はようやく状況を理解したようでした。

義両親へ向かって「なんでそんな危ないことさせるん?」「これ今日切れたわけじゃないよな? このくらい親父がやってやれよ」と、珍しく強い口調で言いました。
義父は気まずそうに黙り込み、義母も「ごめんね、大丈夫?」と慌てた様子で声をかけてきました。

少しずつ

帰りの車の中で、夫は「気づかなくてごめん」と何度も謝ってきました。
義実家には今も『嫁が動く』空気が残っています。
長年続いてきた当たり前は、すぐには変わらないのかもしれません。

それでも最近は「危ないから代わって」「一緒にやって」と、自分から言葉にするようになりました。
我慢したまま動き続けるより、小さくても伝えること。
それが、自分を守ることにもつながるのだと思っています。

【体験者:50代・筆者、回答時期:2026年5月】

※本記事は、執筆ライターが取材又は体験した実話です。取材対象者の個人が特定されないよう固有名詞などに変更を加えながら構成しています。

FTNコラムニスト:Kiko.G
嫁姑問題をメインテーマにライター活動をスタート。社宅生活をしていた経験から、ママ友ネットワークが広がり、取材対象に。自らが離婚や病気を経験したことで、様々な悩みを持つ読者を元気づけたいと思い、自身の人脈や読者の声を取材し、記事として執筆。noteでは、糖尿病の体験記についても発信中。